「炎上=バズ」は日本だけ。ニートからAppleを経てみつけた本当の「動画力」

将来なりたい職業ランキングTOP3にYouTuberが入るなど、日本でも動画の存在感は増している。しかし、それと同時に海外と比べて「バカッターの出現」や「過激な炎上企画の増加」など、動画に対するリテラシーの問題も増えている。

では、日本と海外ではなにが違うのか?

ニートからヨーロッパ一周を経て、Appleに入社後、1年で辞めて起業。「普通じゃない」生き方をしてきたヨビさんだからこそ見つけた、面白いコンテンツをうみだす「動画力」の正体に迫る。

今回は、前半:ヨビさんの価値観に影響を与えた起業までの「イケてる」体験と、後半:その経験から気付いた「動画力」の正体に迫る。

※本記事は、イケてるやつら ヨビさんのamiライブ配信の書き起こしです。

動画版ライザップ「MOOCRES(ムークリ)
完全な未経験の方が、Premiere Pro(プレミアプロ)やAfter Effects(アフターエフェクト)といった動画作成のツールを駆使して、報酬をもらえるクリエイターに180日でなれる動画スクール。

10人限定の少人数に対して実戦型指導を行っており、オフラインの授業だけでなく、スカイプなどでオンライン指導も対応。共同創業者でもある、現役クリエイターが教えるため、実用的なテクニックを学ぶことができる。

株式会社イケてるやつら 代表取締役 キム ソンヨブ

前半:「イケてる」経験の変遷

「人ができないことができるとお金になる」

ーAppleを辞めて起業されたと聞きましたが、どのような経緯で起業したのですか?

イケてるやつら ヨビさん
大学生の頃に、韓国語の教室を自分で始めたのが、ビジネスに初めて興味を持ったきっかけです。当時、ビッグバンという韓国の歌手グループがデビューし、韓国語教室の需要が上がったのを生かして、時給4,000円で韓国語の先生をはじめました。

他の大学生が時給900円でアルバイトをしている中、自分は4倍以上のお金を得ていた経験から「人ができないことができるとお金になるんだな」と感じました。

もう1つ成功体験として大きかったのは、学祭の経験です。団体でイベントをするとサークルTシャツをつくりますよね。大体あれを1着つくるのに3,500円ほどかかります。ただ、韓国でつくればプリント代と日本への空輸代込みで300円~400円でつくれることを知っていました。

そこで、サークルの会長をやっている人を片っ端から呼んで、「俺なら2,000円ぐらいでつくれるよ」と交渉した結果、飛ぶように売れて学祭シーズンだけで100万近く稼ぎました。

稼いでいたのもあり、ワタミとかで飲んでいるやつバカにしたり、本当にいやなやつだったと思います。(笑)

オーストラリアで住宅詐欺に遭いホームレスに

ーそこから順調にいったのですか?

20歳のとき大学を休学して、オーストラリアに行きました。最初は友人のところに居候していたのですが、居過ぎはよくないと思い家を借りることにしました。

家を探していると、運よく通っていた学校の近くに安い物件を見つけたので契約することにしました。そこの大家がインドの方だったのですが、「敷金・礼金みたいなのを3カ月ずつと家賃3カ月分でトータル9カ月分前払いで払え」と言われたんですよ。

所持金的にそれだけ払うとかなりカツカツでしたが、家に住むためと思い払いました。しかしいざ入居日になって家のドアを開けたら、現地のすごい幸せそうな家族がすでに住んでいたんですよ。(笑)

「どういうこと?」と思い、目が点になってしまって。「誰やねん、おまえら?」と言ったら、向こうも向こうで「おまえこそ、誰やねん?」みたいな。

とりあえず埒があかないので、書類を全部出して「今日からここ住むねん」と言ったら、それを見た家族が笑うんですよね。なんと僕の書類の住所は州が違っていたんですよ。

「○○ストリート」などの部分の住所は一緒ですが、州だけ違っていました。僕が住んでいたのはクイーンズランド州だったのですが、そのインド人は下の住所は全く同じのビクトリア州の契約書を僕に渡してきたんですよ。

僕ももう法的に絶対負けると思ったので、泣き寝入りでその家族に「僕も一緒に住んだらだめですか?」と言ったのですが。

普通に「だめ」と言われましたね。(笑)

ーその後はどうしたのですか?

飢え死にの方があり得るので、寝床をあきらめました。偶然にもオーストラリアは公園などにシャワーがあったので、そのシャワーで身の清潔を保っていました。

ただそこで直面したのが「公園で寝れない問題」です。日本は酔っぱらって公園で寝ていても大丈夫ですが、オーストラリアでは公園ごとにガードマンがいるので、「バカ野郎おまえ」と言って叩き起こされます。

そこで思いついたのが飲み過ぎた体に装う方法です。ゴミ箱にあったビール瓶をテーブルに並べて寝ます。そうすると、ガードマンも「おまえ、飲みすぎだぜ」みたいな感じで優しくしてくれるんですよ。そういった野宿テクニックを発見して駆使しながら2,3週間生活していました。

ーその後、どうやって家を見つけたのですか?

オーストラリアに着いた当初は、お金がいっぱいあったこともあり「各テーブルにビールピッチャー1本ずつ、俺のおごりで全部渡してこい」と言って、友達をつくるためにお酒を配りました。

もともとアジア人は、オーストラリアではシャイなイメージを持たれているので、ギャップから興味をもってもらえて、オーストラリア人やブラジル人とすぐに仲良くなりました。

その時なった友人のペドロにホームレスになってから相談したところ、ホテルのインターンを紹介してもらえて。ホテルではベルボーイを住み込みでやっていたので、パブでの500円の投資がホテル住まいになったわけです。

内定ゼロの理由は「グローバル展開」

ーそのあとすぐ日本に帰られたのですか?

1年弱くらいホテルで働いた後、ひとまず大学を卒業して就職するために日本に戻りました。就活のときは、オーストラリアでホームレス経験もあったので、安定を求めて「御社のために骨を埋めます」と言って謙虚にペコペコしていました。

それこそちゃんとスーツもきれいなのを着て、カッターシャツもゲン担ぎみたいな感じで、朝からアイロンがけをしたり、抜け目はなかったと思います。

ただ、結果的に内定はゼロでしたが。(笑)

ーなぜ内定がゼロだったのですか?

シンプルに言うと「条件のミスマッチ」ですね。

就活をするときエントリーシートを書きますよね。そうすると僕の場合、名前から外国人留学生選考になり、日本語がままならない方たちと一緒に面接を受けます。そうすると僕は特に問題なく日本語が話せるので、面接官も「なんか日本人紛れてへん?」とざわついて。

その結果、9社ぐらいが「今さら一般選考を受けられないから、受けなくていいよ。というか、おまえおもろいな」と言って、役員面接までいけました。そんな状況だったので「早く就活を終わらせて遊ぼ」くらいに思っていました。

ただ、落とし穴があって20~40代ぐらいまでの人だと面白がってくれるのですが、お父さま方世代になると、僕の態度が「舐めてる」と取られてしまうんですよね。

だいたい言われることは一緒で、「そんなにいろいろな国の言葉を話せるのに、なんで中国語はできないの?」と言われるんですよね。心の中では「知らんがな」と思っていましたが、そこは就活生なのでNo,but...法で「今はできませんが、僕は何カ国語もしゃべれる実績があります。入社式までに中国語検定2級まで取ってきます」みたいな感じで言ってました。

そしたらみんな「それなら、中国人のネイティブを雇うけど」と言われるんですよね。それを聞いて、まるで漫才みたいだったので、思わず「なんで聞いたん?」と普通にタメ語で言っちゃって。(笑)

そこまで言われると我に返って、「面接官さんは何カ国語しゃべれるんですか?」と聞くと、「できるやつ雇えばいいから、自分は日本語だけだよ。」と言うんですよね。

それを聞いて「じゃあ逆に、中国語も英語も韓国語もままならない日本人の学生を雇って何になるんですか?」と言ったら、「日本の企業だからいいんや」と半沢直樹みたいなキレ方をされて。

結局最終面接に行けた9社とも、「グローバル展開を軸にV字回復を狙っている」と口で言うだけで、どこも同じ展開でした。

それ以上僕も言うことがなかったので「御社はグローバル展開を軸にV字回復を目指されているとおっしゃっていますが、それを加速する方法が分かった気がします」と言ったら、「なんだ言ってみろ」と言われたので、「おまえみたいなやつが役員降りることやで」と言って帰りました。

2度目の試練は「唐突なフリーランス切り」

ー内定がゼロだった後、どうしたのですか?

その後にすぐ税務署に行き、個人事業主登録をして通訳と翻訳のフリーランスとして生きていくことにしました。

大学を卒業したら一旦フィリピンのセブ島にあるデザインとWebとビジネスを教えてくれる学校に行き、そこを卒業したあと本格的にフリーランスとして働き始めました。

ただいざ働き始めてみたものの全く稼げなくて。名刺をつくって、ビルというビルを全部回りましたが、なめられて相手にされないんですよね。いざ会えることになっても、その担当者が決裁権ない人で全然話が先に進まなかったりもして。

そこで作戦を変更し、小耳に挟んだ情報をもとに仕事を発注してくれそうなお店のオーナーさんがよく行く店に行き、韓国人留学生のフリをして欧陽菲菲(台湾出身の歌手)の「ラヴ・イズ・オーヴァー」を小指立てて歌ったりしてなるべく目立つようにしていました。

そうするとそれがきっかけで、「面白いね」と仕事をもらったりして、なんとか食いつないでいました。びっくりするぐらい泥臭いですよね。(笑)

ただ結局、それで稼いだお金も全部飲み代に使ってしまうので、全然手元にお金はなかったです。というのも、次の仕事に続くだろうと考え、飲み屋やご飯屋さんに行きまくっていたので、経費も半端なく、毎月「うわー、これ払えるかな?」と思っていました。

その後運よく、定期的にお仕事をくれる人が見つかったので、3~4カ月はその人の元で働いていました。しかし徐々に、契約外の業務が当たり前のように振られるようになって。

さすがに納得できなかったので、「これは契約外なので、できないですよ」と言ったら、「誰のおかげで食えてると思ってんねん」と怒られ、契約を切られてしまいました。

起死回生のクラウドファンディング

ーその後もまた、お店に行って仕事を探したのですか?

もともとドイツとかヨーロッパに行こうと思っていたので、それならいっそこれを機会にドイツに行って起業しようと思いました。

ただいきなり起業しようと思っても、なかなか就労ビザがもらえません。そこで、ドイツの大学は学費がタダなので、学生としてまず留学をし、現地のスタートアップでインターンしてから、起業する計画をたてました。

そんなこんなで、ドイツ語の勉強をして、ドイツの大学院に行く準備をしばらくはしていました。

ただそれと同時に、ドイツに行っても自分の体質に合わなかったら意味がないので、お試しで一度ドイツを含めてヨーロッパ全土を回り、自分に合うところ合わないところを見定めたいとも思っていました。

お金が無い中ヨーロッパに行く方法を考えた結果、アピール次第でお金を集められるクラウドファンディングをやることにしました。それが一昨年の2017年3月です。

ーどのようなクラウドファンディングをしたのですか?

リターンとして「ヨーロッパで行った国ごとに、最低3社はスタートアップを取材し、現地流行をまとめたレポートを作る」企画です。

実際に募集を開始すると、東京の人は「なんか面白いね、頑張って」と支援してくれましたが、大阪では「別にヨーロッパ行かんし、スタートアップとかどうでもええねんけど」と言われることが多く、なかなか伸びませんでした。

しかしお金が足りないとヨーロッパに行けないので、戦略を変えて、リターンで「10万円入れてくれたら、縄跳びをあなたのために10万回飛びます」というものも作ったところ、3人の方が買ってくれました。

結果、縄跳びを30万回も飛びました。(笑)

そういった試行錯誤の末、なんとか109万円が集まり、無事ヨーロッパに行くことになりました。

ヨーロッパ取材旅行がきっかけでAppleからオファー

ヨーロッパではどうやってスタートアップの取材をしたのですか?

ヨーロッパにはアジア人がとても少ないので、ミートアップやイベントに行っても、アジア人はだいたい僕1人だけなんですよね。

そんな中で安いなりにもスーツを着ていくと、「もしかしてアジアから来た投資家じゃない?」と勝手に勘違いしてくれるんですよ。

彼らが「どこから来たの?」と聞いてくるので、「日本から来てヨーロッパのスタートアップを取材して回る旅をしているんだ」と言ったら、「ちょっと今度うちへ来てくれない?」と言われるので、そうやって取材したりしていました。

(当時の写真)

しかしあるとき転機がきます。インタビューの旅行を続けていた途中、Appleから「セールスのお仕事で入りませんか?」というメールが来ました。

ー連絡はどういう経緯できたのですか?

後輩がAppleで働いていたので、「紹介してや」という軽いノリで頼んだところ、本当に紹介してくれて。それから担当者と何回か電話のやり取りをして、結果オファーをいただきました。

その時は嬉しすぎて、エストニアのタリンの旧市街地のド真ん中でガッツポーズしましたね。(笑)

「ヨビ君、一緒に起業せえへん?」

ーそこからどういう経緯でMOOCRESで起業されたのですか?

一緒に起業した今の相方は、ヨーロッパのクラウドファンディングをやる直前に出会いました。当時から、彼は映像制作でバリバリ稼いでいたので、カッコいいなと思っていました。

それこそクラウドファンディングの時も、僕のためにPR動画をつくってくれて、その動画がきっかけで支援額が一気に上がり、目標金額を達成できたので、まさに僕にとって恩人です。

そんな彼とAppleに入社したタイミングで飲みにいったら、「僕がどれだけ制作を頑張っても、日本のクリエイティブの底上げにどれだけ貢献できているのかが分からない」と言ってきたんですよ。

いつも過ぎ行く女性を見て、「めっちゃ可愛くない、今の子?」みたいなことを言っていたのに、いきなり真面目なことを言うので「どうしたんだろう?」と思っていたら、相方はボランティアで動画を学びたい人に教えていたことが分かりました。ただ、その運営方針に困っていて。

その話を聞いているときに「ヨビ君、一緒に起業せえへん?」と言われたのが起業のきっかけです。

ー一緒に起業してもいいと思った、1番の理由は何だったのですか?

お互いがしている仕事と、長所と短所を分かっていたからだと思います。あとは、僕自身が動画の力をクラウドファンディングでの経験で感じていたのも大きかったです。

そもそも動画を学べる環境は、世界的に有名な教育サービス Udemyさんを除くと、専門学校くらいしか日本にはありません。ただ、Udemyは習得するのが難しかったり、専門学校でも「映像の歴史」といった実用的でないことが教えられています。

それなら、「実践型で実用的なことしか教えない短期動画スクールをつくれば役立つんじゃない?」ということでMOOCRESが生まれました。ー2人の長所と短所はそれぞれどういうものですか?

僕は外を回っていないと気が済まないので、事務作業ができない外交的なタイプの人間です。

一方で相方は、自分の中のフィルターを通った人以外とは飲みに行かない、内向的なタイプの人間です。

ただ、仕事に対するベクトルや熱意はお互いに同じなので、こうしてマッチできたと思います。特に「自分ができる得意なことをしっかりとやる」のは徹底して意識しています。

なので、ニッチなことやマネタイズまで時間がかかる新型SNSをやるといった、自分たちが理解できていないことはやらないと決めています。

後半:「動画力」の正体にせまる

日本を世界一面白い動画をつくれる国へ

ー世界と日本の動画産業の違いと、日本の一番の課題を教えてください。

1番違うのは、動画に対するリテラシーですね。

海外と日本のユーチューバー動画を見比べると、リテラシーの違いが分かります。日本ではセクハラ発言や過激なことをして炎上している動画がよくあります。しかし、外国ではそういった動画はほとんどありません。

海外の動画は企画力は普通ですが、編集力で面白く見せていますし、編集で誰でもコメディアンになれるとみんなが思っています。これもヨーロッパを一周したから気付いたことです。

演者が役割のほとんどを担う日本に比べて、海外は編集側の人間も自分の笑いのセンスを込めてつくるので、面白いかつ炎上しないクリーンな動画が多いです。ちゃんと編集においても、魅せることを理解している点で、海外の動画はリテラシーが高いと思います。

いつも生徒さんには「英語でも韓国語でも中国語でも何語でもいいので、海外と日本の動画や、海外と日本のバラエティを必ず1回は見比べてみてください」と言います。

日本の企画力は抜群にすごいので、そこに映像の制作の技術が合わされば、たぶん世界で一番おもしろい動画をつくる国になるんじゃないかと思います。

そこをMOOCRESとしてサポートし、3年で日本で一番面白い動画をつくれる人材を輩出したいと思っています。ちなみに3年の理由は、30歳くらいになったらニューヨークに行ってスニーカーづくりの勉強をしたいからです。(笑)

「視聴者のリテラシーの問題は?」といった意見もありますが、これは教育しようがないので「いい動画をいっぱいつくるので、それを見て学んでください」という感じです。

僕たちがいい動画をつくることで、見る側のリテラシーも上がり、炎上芸をしなくても面白いことを視聴者の方にも分かって頂ければ最高です。

「3年で目標達成」というと実現が難しそうですが、大学を卒業してまだ3年しか経っていないのに、フリーランスをして、ヨーロッパに行き、Apple社員になり、今は起業しています。それを考えれば根拠はないですが、実現できるんじゃないかと思ってます。

文・写真:ami編集部

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ami

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